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桜の散る頃に

卯月も終わり、いよいよ皐月。 スタートこそGW中となりますが、いよいよ初夏を迎えます。

僕の心の中では、仕事やプライベートの様々な思いや葛藤を乗り越え、気持ち新たに。

過去は過去、現在をどう生きるか、そこに未来が始まるものです。

楽しく幸せで、輝かしい未来か、どうかはわかりませんが、僕らしく素直に生きていきたい。

ただ、今までのようなストレートで情熱家だけではなく、そこにホンワカ包む優しさを持つ。

所謂、仕事においてもプライベートにおいても一歩下がった「謙虚さ」を身に着ける。

熱血バカだけでは、情熱こそ保てますが、40過ぎるとフィジカルが付いていきません。

このGW中にこれからの「新しい自分」になるヒントを見つけてみようかな。

今は満開の桜。でも、気持ちと同様にお天気は薄曇り。

桜が散る頃に・・・快晴の青空を見上げて、思いっきり深呼吸をしようと思ってます。

その頃には、新たな出会いや交際が待っているはず。  もっといい男になろう。

GW中の4月ラストまで会合はありました。 走ったあとなので卯月ではなく卵月。

エッグプロテインを摂取です。 今宵は美味しい牛すき焼き会。 が、僕は牛肉が苦手。

脂に負けて、すぐにお腹が緩くなったり、時には蕁麻疹も出てしまいます。好きなのに。

外面は超健康で丈夫な肉体のようですが、内面の内臓は弱めでナイーブな一面も。

さてさて、締めくくりは久しぶりのロングランです! この1年で身に付けた筋力測定を。

苗穂にある銭湯から出発です。河川敷にも近く、終了後にそのまま入浴できます。

およそ1年振りのハーフ走です。 昨年の今頃はギプスで車椅子でしたので。

あの頃を思い出せば、今がどんなに幸せか。 いや、あの頃の方が幸せだったかも。

よくわかりませんが、先ずは走る! 汗を感じて、己に問いかけろ!!

ハァ、ハァ・・・真駒内の奥に到着、11K折り返し地点です。 相変わらず、脱水気味に。

お天気も良かったので、走っている最中、多くの知り合いにお会いしました。

さあ、残り半分。頑張りましょう!!

結果、ハーフマラソントレーニングのタイムは1:57分。 遅っ!!

まあ・・・このくらいのペースでノンビリ会話しながら走るのが好きですね。

これからの僕の人生、よく考えると普通に行けば折り返しを過ぎたあたり。

何があるかは誰も解りませんが。 それでも、人生の後半と捉えて、

頑張りたいこと、頑張っちゃいけないとこ、やりたいこと、やっちゃいけないこと、

色々見極めて、進むべき「道」を紆余曲折になろうとは思いますが、

何とか必死に生きていきたいと思います。

素直に、笑顔で、明るく、謙虚に、楽しく、爽やかに、カッコよく、ハングリーに。

お疲れ様でした!  乾杯!!

道のり

「人生」なんて、そんな大それたカッコつけた言い方をしなくとも、

仕事にしても、スポーツにしても、結婚や恋愛にしても、娯楽や趣味にしてもそうだ、

やろうと決めた、己の志が高くとも低くとも、その道のりはホント大変だなぁと、

ここ最近、つくづく思うのである。

何でもそうだが、コツコツの継続であり、緩い気持ちになれば道のりは更に遠くなり、

そして、それを諦めた瞬間、その道は途絶える。

後戻りができないことも多いものだ。 まあ、後戻りができないのであれば、前に進めばいいのだ。

今、自分が抱えている事、悩むこと、仕事、肉体、精神、交際、立場、お金・・・色々あるが、

まあ、そんな中で日々悩んだり迷ったり、目指したり頑張ったり、笑ったり泣いたりしているのが

仕事が一番、交際が二番、肉体が三番、お金は特番とでもしておこうか、

とにかく色々悩むものである。 まあ、悩むということはそれだけ暇もあるということでもあるが。

そうそう、今年の四月は例年より寒い気がする。 いまだにポツポツではあるが灯油の電話注文が入る。

定期配達にしても、給油量もそこそこ多く、まだまだユーザーの皆様は暖房を使用しているんだなぁと。

この時期から灯油価格も需要が薄れて多少下がりそうなものだが、

個人的な見解では、中東情勢の不安と戦争への緊迫化により、跳ね上がるのではないだろうか、と。

ということは、空いたタンクをある程度満タンに出来る方はしておいた方がいいのかも。

原油価格が高騰すれば、衣料品、食品、いやいや、何でも価格が上昇してしまう。

こりゃ頭が痛くなる話だ。 もう、こんな話はやめやめ。

この美味しそうなチャーハンのような食べ物は、近所の子が作ってくれたビーフビリヤニ。

カレー風味のタイ米にマスタードシードが混ざり、パクチーが良い香りを奏でる。

外食も良いが、たまには美味しい料理を作ってもらい、宅飲みも良いものだ。

自分で料理をほとんどしたことが無いので、料理ができる人には尊敬の念を持つ。

鰻屋の主人もそうだ、あの独特の品をバシッと捌くのだから。 というか、自分は魚も触れない。

全てにおいて、やはり「道」なのであり、「継続」なのである。